今回は、パーキンソン病の歴史と疫学(原因や予防など
を研究する学問)についてお話させていただきます。
香川大学医学部附属病院 脳神経内科診療科長
出口 一志
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パーキンソン病には長い歴史があります。
パーキンソン病は、1812年に英国の外科医、薬剤師、地質学者、
古生物学者、政治活動家であるパーキンソンによって初めて医学的
に記述されました。この中で、パーキンソンは患者さんの症状を
克明に記述しています。約200年前の記述ですが、その内容は現代
の教科書の内容をほぼ完全に網羅しており、パーキンソンの観察眼
の鋭さには驚かされるばかりです。
医学としてのパーキンソン病の歴史は、パーキンソンの論文から
始まりましたが、芸術分野ではもっと以前からパーキンソン病の
存在に気付いていた人達がいました。例えば、1590年代のシェーク
スピアの戯曲「ヘンリー6世」の中の登場人物や、1630年のレンブ
ラントの絵画「善きサマリア人」の中に描かれた人物は、パーキン
ソン病と考えられる身体的特徴を有しています。日本でも、1577年
の仏像「婆羅門像」がパーキンソン病の患者さんにそっくりの容貌
と体つきであることが知られていますし、1400年頃に世阿弥が大成
した能楽は、能面、姿勢、動作がパーキンソン病の患者さんをモデ
ルにしたのではないかという説もあります。
「善きサマリア人」
レンブラント・ファン・レイン
(1606~1669)
世界中でパーキンソン病の患者さんの数が増加しています
世界的に見て、脳の疾患で最も多いのはアルツハイマー型認知
症、次に多いのはパーキンソン病と言われています。そのような
中で、昨年、世界規模の研究において、パーキンソン病の患者数
が報告されました。それによると、全世界の患者数は、1990年の
250万人から、2016年には610万人(男性320万人、女性290万人)
へと増加していました。この理由として、パーキンソン病は高齢
者に多い疾患なので、人口の高齢化が進んでいるために患者数が
増加したのだろうと予想されます。しかし、同時に行われた調査
によって、高齢化イコール患者数増加という単純な図式では説明
できないことが示されました。そこには人口の高齢化以外の何ら
かの要因が加わっていると考えられています。
年代別の有病率(人口当たりの患者数)は、85歳から89歳の
年代でもっとも高くなっており、男性は1.7%、女性は1.2%でし
た。すべての年代において、女性よりも男性の有病率が高いと
いう結果でしたが、日本では女性の有病率の方が高いともいわ
れています。実際、われわれの施設に通院されている患者さん
をみると、女性が多い印象を受けます。
パーキンソン病の発症を促進するもの、抑制するもの
これまでの調査結果から、いくつかの環境因子がパーキンソン
病の発症に関与しているのではないかと言われています。例えば、
除草剤や殺虫剤などの農薬の取り扱い、乳製品の摂取は発症を
促進します。一方、喫煙、アルコールやカフェインの摂取、抗
酸化作用のある食品やサプリメントの摂取、運動の習慣などは
発症を抑制すると報告されています。しかし、全く関係ないと
する報告もあり、本当のところはよくわかっていません。した
がって、発症を促進するから乳製品を摂らないとか、発症を
抑制するからタバコを吸う、抗酸化作用のあるサプリメント
を大量に摂取するといった極端なことはしないほうがよさそ
うです。この中で、運動(リハビリ)は薬剤治療との両輪に
なるものであり、唯一お勧めできるものです。