今後、実用化が期待される新規治療の紹介
香川大学医学部附属病院 脳神経内科診療科長
出口 一志
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従来の薬物療法、デバィス療法、リハビリは一定の効果を上げていますが、
それらの効果が十分ではない。または副作用のために継続できない方のため
に新たな治療法が開発中です。
遺伝子治療
現在、国内で承認されている遺伝子治療は脊髄性筋萎縮症に対するもので
すが、パーキンソン病においても臨床への導入が準備中です。遺伝子治療の
目標として、1)神経栄養因子の遺伝子を被殻と黒質に導入しドパミン神経
細胞の脱落を抑制する(神経保護)、2)視床下核の神経細胞に抑制性神経伝達
物質であるGABAの合成酵素の遺伝子を導入して大脳基底核の機能を調整す
る(脳深部刺激と類似した方法)、3)被殻の神経細胞にドパミン合成に必要な
酵素の遺伝子を導入し、脳内でドパミン産生を行う、が考えられています。
これらのうち、1)と2)の方法では現在まで十分な症状の改善効果が確認
されていません。3)の方法は、神経変性に伴って活性が低下している芳香族
アミノ酸脱炭酸酵素(ドパをドパミンに変換する酵素)を発現するアデノ随伴
ウイルスベクターを被殻に投与して、ドパからドパミンヘの変換を増加させ
るものです。同量のレボドパ内服を継続した場合、運動機能の改善が報告さ
れており、有望と考えられています。また、1回の投与で遺伝子発現は生涯
持続すると考えられるため、運動機能が長期にわたって回復することが期待
できます。現在、自治医科大学で治験が進行中です。
細胞移植治療
変性脱落したドパミン神経細胞を補充することで運動機能を改善させる
細胞移植が行われています。
1)胎児中脳移植
最初に行われた細胞移植は、胎児中脳の神経細胞を線条体に移植する
方法でした。適切な質と量の細胞が移植された軽症や若年の症例では、
長期にわたる運動機能の改善が報告されています。一方で、移植された
正常な細胞がパーキンソン病で見られる細胞(レビー小体様)へと変化した
例も報告されています。この方法は1人の治療に中絶胎児数体分の神経
細胞が必要である点、質的な管理が難しい点などから国内では行われて
いません。
2)多能性幹細胞
胎児中脳の神経細胞に代わるものとして、どの体細胞にも分化する多
分化能、高い増殖能を有する細胞(多能性幹細胞)の研究が進んでいます。
これには胚性幹細胞(ES細胞)と人工多能性幹細胞(iPS細胞)があります。
a.胚性幹細胞(ES細胞)移植
受精卵から樹立されたもので、海外では研究がなされていますが、
受精卵を使用する点で倫理的な問題があるため、国内では次に述べる人工多能
性幹細胞(iPS細胞)の研究が進められています。
b.人工多能性幹細胞(iPS細胞)
カニクイザルのパーキンソン病モデルを用いた実験では、iPS細胞
から誘導されたドパミン神経前駆細胞の移植により、運動症状の改善、
移植片からのドパミン合成、ドパミン神経細胞の生着が確認されてい
ます。ヒトヘの応用を考えた場合、自己のiPS細胞を作製して使用する
自家移植は移植した細胞の拒絶が起こらない点で優れていますが、多
大な費用と時間を要するため現実的ではありません。そのため、免疫
反応に関与するHLA-A, B, DRの3座ホモ接合体を有するボランティアか
ら採取した血液をもとにiPS細胞ストックが作製されています。このiPS
細胞を原材料として、ドパミン神経前駆細胞を誘導し、作製された細胞
製剤を被殻へ移植する方法が考案されました(他家移植)。この方法を
用いた治験が、2018年から京都大学で行われています。近日中に結果が
公表されることになっており、ヒトにおける臨床応用が期待されます。
疾患修飾治療
疾患の病因に介入し、進行を抑制する治療のことを疾患修飾治療とい
います。パーキンソン病では α-シヌクレインというタンパクがキーワ
ードの一つであり、1)α-シヌクレインは脳を含む全身に認められるレビー
小体の主な成分である、2)α-シヌクレインタンパク質をコードしている
SNCA遺伝子の異常が家族性パーキンソン病の原因になる、3)異常凝集した
α-シヌクレインは細胞間を伝播して病変が広がっていくことなどが知られ
ています。以上から、α-シヌクレインを標的とした疾患修飾治療が考えら
れるようになりました。これには、α-シヌクレインの1)産生抑制、2)分解
促進、3)凝集抑制、4)神経障害の抑制、5)伝播抑制があげられます。産生
抑制に関してはα-シヌクレイン遺伝子発現量を抑える治療などが考慮され
ています。分解促進、凝集抑制、神経障害の抑制に関しては既存薬も含めた
複数の新規薬剤や遺伝子治療による臨床試験が進行中です。伝播抑制につい
ては、α-シヌクレインを除去する抗体療法があげられます。類似薬として、
アルツハイマー病におけるアミロイドβを除去する抗体薬(レカネマブ(レケ
ンビ®))が最近認可されていることからも、パーキンソン病における実用化が
期待されます。しかし、シンパネマブ、プラシネズマブの臨床試験では良い
結果が得られなかったことから、投与対象となる患者さんの選定や投与方法
など、今後の課題となっています。
α-シヌクレイン以外では、leucine rich repeat kinase 2 (LRRK2)が標的にな
ります。 LRRK2の変異は家族性パーキンソン病の中で最も頻度が高いこと、
孤発性パーキンソン病でLRRK2キナーゼ活性が上昇していることから、1) LRR
K2の発現量を低下させる、2)LRRK2キナーゼ活性を低下させるといった治療
戦略が考えられます。これらについても臨床試験が行われています
最後に
以上の新規治療は近い将来に実用化
が期待されますが、すべての患者さん
が実際に使用できるようになるには、
まだ少し時間がかかると思われます。
大事なことは、1)現在利用可能な薬
剤を主治医の先生と相談しながら上手
に使う、2)適切な運動をご自身である
いはリハビリの先生の指導の下に行う
3)栄養のある食事を摂って体重を減ら
さないようにすることです。
これらによって、日常の生活動作を
維持していくことは十分に可能です。
できることから毎日少しずつ取り組ん
でください。